scene2 花火屋のある通りを北に抜けると、お山のふもとに出る。 ただしお山に入る正しい道はずっと東にある。 ではここに何があるのか。 ――山肌をえぐって作られた蔵は。 本来横丁に住む者が入ってはいけない場所だった。 scene2.1 夜明け前。 そこに現れたのは、彼女ではない。 彼女が現れるのは昼だ。 そして彼女の訪問はまったく意味をなさなかった。 (彼女はやはりこの蔵の中に入ることができなかったので) だから、それは書かれない。 ここへ来たのは、いや、戻ってきたのは―― scene2.2 ――まだ、だめ。 うん、僕は悪者になったって構わないから、だからまだ、もう少し。 scene2.3 そして帰った。 日は暮れ夜になる。 scene2.4 どこん。どん。どかん。 絶え間なく、続く音は、部屋の中だけに響いていた。 ――畜生。アト、モウ少シ。 歪んだ扉をさらに蹴りこむ。 足の感覚はすでにない。 持ち前の回復力と体力でもって、数時間ごとの休憩をいれながらここまで努力した。 が、時間の感覚ももうないのだ。 ――早クデネエト気ガオカシクナル。 そう思った瞬間、ふっと、ここに倒れていたあの人形のような顔を思い出した。 あれはずっとここにいたのだ。一人で、ここに。 ――ダカラ、ナンダ。 俺様がしたいのは奴に一発仕返ししてやることだけだ、と彼は自分に呟いた。 どこん。どか、どかん。 scene2.5 ばきっ。 scene2.6 花火屋の夫婦は、夜中に高笑いしながら屋根の上を飛んでいった何かがいた。 と後に言った。 scene2.7 一ツ橋太夫は、そうね何か騒がしかった気はするわね、と言った。 scene2.8 一ツ橋だけがさっぱり知らない。 scene2.9 その夜屋根の上には二つの小さな影があった。 scene3 |