scene1 朝、というものは本来とても平穏に始まるのだ。 その日の朝、彼女――一ツ橋はやはり平和に目覚めるはずだったし、 つつがない一日を送るはずだった。 目覚め、そして枕元におかれた紙を見るまで。 scene1.1 その手紙はとても簡素だった。 三行半ならぬ三文字半。 『捜すな。』 scene1.2 なんだいこれ、と首をかしげる一ツ橋に、後ろから声がかけられた。 「一ツ橋サン?」 うわぁ、と大きく声を上げて飛び退る。 びっくりしたびっくりしたびっくりした! 見知らぬ訪問者は――と言っても、一ツ橋が気づかなかっただけで最初からいたのだが、 暗い洞穴のような目の、鬼火のような瞳をクルリと動かし、 「僕は、シロムクロー、と言いマス」 そう言って、笑った。 ぐにゃ、と音のするような笑い方だった。 scene1.3 シロムクローは話す。 「僕、赤坂サンに頼まれたんデス」 「赤坂サンの代理を」 「あのヒトのいない間」 「アナタの側にいるように」 「言われました」 つとめて、あかるく。 「よろしくお願いしマス」 scene1.4 ――それで? と、男は言った。 晴れているのに傘をさし、陰気な影で体全体を包んで、なお緑色の目を光らせている。 銀二は日光を嫌う。 「それで、そいつは、ふん、何も知らないと」 「うんまあね」 一ツ橋は軽く肯き、そして顔を上げた。 「赤坂、どこ行っちゃったんだろ」 「あれも心配だがよ、まあ気にするな」 あいつならどこでも大丈夫だろうよ、と言って、銀二はさらに続ける。 「おれはそっちが気になるね、その、シロなんとか」 「悪い子じゃないよ。今日も店の手伝いしてら」 「だが現れ方が怪しすぎる」 「アタシも気になるけどさ、うん。だって――」 暴虐な子供の顔を思い出す。あれは紙袋にアタシが描いた落書きだった。 「赤坂にあんなマトモな知り合いがいるなんて思えないし」 scene1.5 三日経った。 こんなに長いこといなくなるなんて、今までなかったのに。 赤坂を捜すことにした。 scene1.6 『太夫』 赤坂ちゃん? 私が最後に見たのは――ああそうね、いなくなった日の前の日ね。 晩御飯食べたときよ。 その後は、知らないわ。私は店に出ていたから――。 scene1.7 『浜松』 私は知らんなあ。 寝るんも早いし、橋ちゃんは一緒に寝たんやろ? 夜のうちにおらんようになったんなら、私が見るんはありえへんよ。 シロちゃん? よう手伝ってくれるよ。 働きもんやね、あの子。今は休んでもろうとるよ。 scene1.8 『シロムクロー』 ああ、ごめんなさい。赤坂サンのこと、僕本当に――知らないんデス。 やっぱり心配デスか? ――そうデスよね、あ、今日でもう三日目かァ。早いデスね。 エ、赤坂サンと僕の仲? 前世で恋人同士だったんデス。 ――嘘デスよ! やだなあ信じないでくだサイよ。僕そんな風に見えマス? あ、見えるんデスか。わあショック。 scene1.9 『銀二』 あ、思い出した。 おれ、見たわ。多分。その日の夜。 ――いや、悪かった! 悪かったから、おい、やめろ、雷はよせ! 記憶が飛ぶ! ――酒だ、酒。酒が入ってたんだよ。かなり。 次の日二日酔いが酷くって吹っ飛んだんだ。 弱くはねェよ。ちゃんぽんがまずかったんだろうなー……あ、悪い悪い。 言っとくが見たのは一瞬だし、その時かなり酔ってたからな。 夢でも恨むなよ。 花火屋沿いの路地を――北へ、か? 走っていったな。 そういや、あっちにゃ、確かあれしかなかったな。 scene2 |